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次の2つの封筒問題の設定には実は無理があります。しかし一見するとそれができそうに見えるので、そのつもりで考えます。そうするとパラドックスが生じます。

実は不可能な状況設定を可能だと思い込んだ場合

2つの封筒問題

お金が入っている2つの封筒があり、一方の封筒に入っている金額が、もう一方の封筒に入っている金額の2倍となっていることが分かっているとします。一方の封筒を開けると1万円入っていました。あなたはそのままその1万円をもらってもいいし、それをやめてもう一方の封筒の中のお金をもらうこともできます。そのまま1万円をもらった方が得でしょうか、それとももう一方の封筒の中のお金をもらった方が得でしょうか。

これを考えてみましょう。但し前提として、大きな金額は容易に入れないとかといった偏りはないものとします。

封筒に入れるお金には金額による偏りがないという前提なので、もう一方の封筒には1/2の確率でそれぞれ5千円または2万円が入っていることになります。ですから交換で得られる金額の期待値は5千円*1/2+2万円*1/2=12500円となります。よって交換した方が確率的には得になるように思われます。

これは開けたときのお金が1万円ではなく、100円でも1000円でもあるいは100万円でも同じです。それどころか開けたときのお金が101円とか奇数の金額であればもう一方には必ず倍の金額が入っていますからなおさらです。つまり開けたときの金額にかかわらず、交換する方が得ということになるのですが...。

しかしそうであれば、開けて中身を確かめるまでもなく「選ばなかった方」のお金をもらうことで確率的に得をすることになります。でもこれは明らかに変です。封筒のどちらを選ぶかはまったく任意なので、選んだ方より選ばなかった方が有利になることなどあるはずがありません。これは封筒に入れるお金に金額による偏りがない場合のみならず、たとえ偏りがあったとしても同じです。

もちろん偏りがある場合にはその偏りの情報に基づいて適当な基準を設けて、ある場合には選んだ方を取り、ある場合には選ばなかった方を取ることで確率的に得をするという議論はできますが、ここでいっているのはそういうことでなくて、あくまでも選んだ方のみを採用した場合と、選ばなかった方のみを採用した場合とで何か確率的に違いが生じるのかという話です。

初めの議論では、「選ばなかったの方みの」採用の方が有利であることになってしまいます。この結論は明らかに変ですが、議論そのものはもっともらしく見えます。

一体どこに問題があるのでしょうか。

それを突き止めるために、問題をもっと明確にします。お金だと入れる額には限度がある等々いろいろと余計な連想を生むでしょうから、その代わりに正の整数とします。

ただしこの場合封筒を開けたときにそれが奇数であれば、もう一方にはその倍の整数が書かれていることになり、交換した方が有利と確定しますので、以下では開けたときに偶数であった場合のみを対象とします。

問題:
Step1:あなた以外の誰かが正の整数の中から任意に1つの数を選び(小さな数の方が選ばれやすいといったような偏りは一切なく、どの正の整数も公平に選ぶという意味)、その数を紙に書いてそれを中身の見えない封筒に入れ封をする。さらにその数の2倍の数を紙に書いて、やはり中身の見えない別の封筒に入れ封をする。このようにして2つの封筒を用意する。
Step2:あなたはStep1で用意された封筒のどちらか一方を任意に選ぶ。

その封筒を開けると偶数が書かれていました。

このとき選んだ方の封筒の中の紙に書かれている整数を得点にするのと、選ばなかった方の封筒の中の紙に書かれている整数を得点にするのとでは確率的にどちらが有利でしょうか。

注意:ただし、Step1で紙に書ける数の桁数には限界があるだろうとかいった現実的な突っ込みは無しにします。どんな正の整数も書けるものと考えます。

初めの議論によれば、選ばなかった方の封筒の中の紙に書かれている整数を得点にする方が有利ということになりますが、先に述べたようにこれは明らかにおかしいのです。

なぜ初めの議論ではこのような結論が導かれるのでしょうか。

初めの議論では期待値を計算することで、交換した方が期待値が高いとしています。実はこの期待値が存在しないのです。存在しないものを存在するとして議論をしているので誤った結論に至るわけです。

ではなぜ期待値が存在しないかというと、Step1でいうところの「任意に1つの数を選び(小さな数の方が選ばれやすいといったような偏りは一切なく、どの正の整数も公平に選ぶという意味)」という観念的条件が、その観念の通りには不可能だからです。不可能な条件を前提にしているので、期待値も何もあったものではありません。

話をもう少し整理しましょう。正の整数全体の集合から任意に数を選ぶこと、これは数学の議論の中でごく普通にやっていることです。しかし2つの封筒問題でやっているのは「正の整数全体の集合からどの数も公平な割合で選ぶやり方で1つの正整数を選ぶ」ということです。この表現は長いので以下「偏らない選択」という符丁で表すことにします。

「偏らない選択」は観念的な条件です。もし正の整数全体の集合が有限集合ならば、ほぼこの観念的な条件に合致した論理的あるいは数学的な概念の定義が可能です。しかし正の整数全体の集合は無限集合であり、この場合これから述べるように、この観念的な条件に合致する定義は不可能です。

今Mを正の整数とします。偏らない選択をした場合M以下の正の整数を選ぶ確率は0です。逆にMより大きな正の整数が選ばれる確率は1です。実際M以下の正の整数の個数は有限個で、M以上の正の整数の個数は無限だからです。

つまり偏らない選択をした場合には、ほぼ間違いなくMより大きな正の整数が選ばれるはずです。

これはMがどんなに大きくても同じですがら、ほぼ間違いなくどんな正の整数よりも大きな整数が選ばれるということになってしまいますが、それは不可能です。

ここで話をやめてもいいのですが、あえて話を先に進めてみましょう。

ともかく「偏らない選択」をして1つの正整数を選べたとし、それをaとします。再び「偏らない選択」をして新たに1つの正整数を選び、それをbとします。以下同様にしてa,b,c,...,zと正整数を選んだとしましょう。「偏らない選択」をしたのだからa,b,c,...,zは正の整数の中からランダムに選ばれているはずです。

さてまず初めにaを選びましたが、その次の「偏らない選択」で、a以下の正整数が選ばれる可能性とaより大きな正整数が選ばれる可能性とを比べると(先のM以下の数とそれより大きな数の話の繰り返しになりますが)、後者の方が圧倒的にその可能性が高いはずです。何しろa以下の正整数は高々有限個であるのに対して、aより大きな正整数は無限にあるので、「偏らない選択」をする限りほぼ間違いなくaより大きな正整数が選ばれるはずだからです。

このように考えると、絶対とはいえませんが、ほぼ間違いなく「a<b<c<...<y<z」という大きさの順になっているでしょう。

これはつまりランダムに選ぶと、ほぼ間違いなく単調増加列になるということです。偏らない選択の結果、偏った「ランダム」が生じたというわけです。このような「ランダム」では明らかに通常の確率の議論ができません。

と言うより、そもそもこのようなものをランダムとは言うべきでないでしょう。

なぜこのようになったかといえば、それは無限集合に対しても「偏らない選択」という観念的な条件が、ほぼその観念の通りに適用できるとしたからです。

要するに「偏らない選択」という観念的な条件を、無限集合について、その観念にほぼ合致するような形で数学的に定式化することは、一般的にはできないということです。実際そのようなことが可能なら、上記のような奇妙な事態は生じないはずです。

かつて集合論の創成期に「集合の集合」といった「観念的」な概念が矛盾をもたらしたのと同じです。

有り得ない状況を基にして期待値を計算しても、その期待値は意味を持ちませんから、その期待値を用いて出した結論も意味を持ちません。

ただこのような言い方では不満を持つ人がいるかもしれませんから、有り得ない状況と知りつつ、もう少し様子を見ましょう。

Nを非常に大きな整数として「偏らない選択」をN回行い、得られた得点の合計をMとします。さて改めて「偏らない選択」をN回行なうものとします。ここで100Mはとんでもなく大きな整数でしょうが、それでも高々有限ですから、先の議論と同様に考えると、改めて「偏らない選択」をN回行なうとき、その最初に選ばれる数が100Mを超える可能性は、それが100M以下である可能性より圧倒的に大きくて、ほぼ間違いなくそれは100Mよりも大きな数であるに違いありません(今とりあえず100Mとしましたが、100000000Mとしても同じです)。

このように考えると2回目の「偏らない選択」をN回行なった結果としての得点の合計は、ほとんど間違いなく1回目のそれの100倍よりも大きいはずだということになります。しかしその一方で、ランダムなんだから2回目の得点の合計が1回目のそれより大きいか否かは5分5分であるという話も、それはそれで否定できません。これは奇妙な話ですが、「偏らない選択」ができるとして観念的に考えると、そのような結論を回避する理由が見つかりません。そしてこのような状況では、期待値も計算できるはずがありません。

それでもまだ次のような疑問を持つかもしれません。2つの封筒問題でN回封筒を選んだとして、新たにN回封筒を選ぶのではなく、初めのN回の中で選んだ方の整数の合計と選ばなかった方の整数の合計を比べると、後者の得点が高い割合の方が大きいのではないか。

しかしこの考えも正しくありません。どちらの得点が高いかあるいは同じかは、その「N回」に関して決まっているわけですが、いずれの場合も起こり得ます。どちらが有利かを知るためにはやはりその「N回」の中でのみ考えてもどうにもならず、そういった「N回」を複数回行ってみなくてはなりません。

ところが先ほどから論じているように、そのようなことをした場合、その数値については矛盾はしているが、どちらも否定できない結果が導かれ、従っていかなる計算もやりようがないのです。

繰り返しになりますが、有り得ない状況を基にして期待値を計算してもその期待値は意味を持たず、当然その期待値を用いて出した結論も意味を持たないのです。

そして有り得ない状況に関する議論なので、「換えても換えなくても同じ」という結論も実は意味がありません。

つまり2つの封筒問題は以上に述べたように、前提が不可能だから問題として成立していないのです。ところがそれを成立しているものとして議論するからもっともらしいが矛盾した2通りの答えに至る。それがこの問題のトリックなのです。

2つの封筒問題については以上ですが、念のため以下の実現可能な場合について、封筒の交換が期待値に与える効果を調べて、話を閉じることにしましょう。

箱が2つあります。一方の箱には5千円を入れた封筒と1万円を入れた封筒が入っており、もう一方の箱には1万円を入れた封筒と2万円を入れた封筒が入っています。あなたはどちらか一方の箱を選ぶことができます。さらに選んだ箱の中の封筒をどちらか一方選ぶことができます。

1.選んだ封筒の中のお金をもらえる場合のもらえるお金の期待値
2.選ばなかった方の封筒の中のお金をもらえる場合のもらえるお金の期待値
3.選んだ封筒を開けて、それが1万円であったら選ばなかった方の封筒の中のお金をもらい、そうでなければ選んだ方の封筒の中のお金をもらう場合のもらえるお金の期待値
4.選んだ封筒を開けて、それが5千円または1万円であったら選ばなかった方の封筒の中のお金をもらい、そうでなければ選んだ方の封筒の中のお金をもらう場合のもらえるお金の期待値

1.5000*1/2*1/2+10000*1/2*1/2*2+20000*1/2*1/2=1250+5000+5000=11250
2.同上
3.5000*1/2+20000*1/2=2500+10000=12500
4.5000*1/2*1/2+10000*1/2*1/2+20000*1/2=1250+2500+10000=13750

1.と2.はもちろん同じです。つまり常に封筒を取り換えるようにしたのでは、期待値は変わりません。一方3.や4.のように、条件をうまく利用して、特定の場合に取り換えるようにすれば期待値を上げる事ができるわけです。

最後にもう少し理論的な話として、確率測度の側面から非常に単純な事実を述べておきます。

2つの封筒問題では、正の整数全体に対して公平な確率測度を設定することになります。その測度をμとするとき、すべての正の整数 n に対してμ(n)には同一の(0以上の)実数が与えられなくてはなりませんが、ここで無限和Σμ(n)は 1 にならなくてはいけないので、これは不可能です。


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